Une histoire d’amour – ある愛の物語

5人姉兄の末っ子として育った母は
未だにポエマーで乙女な性格ですが
その母の性格を同じ末っ子という境遇の
私が一番受け継いだんだろうな、と
母と感性が似ていることを感じる度に
思います。


母方の祖父母はとても穏やかで
優しく、子供の頃に遊びに行くといつも
ファンタのケースを買って待っていて
くれたり、駄菓子を買いに連れて行って
くれたりしていました。


母の実家は、私が子供の頃と変わった
ことは、川が広くなったことと、道路
が広くなった以外、全く変わらない
田舎にあるのですが、10キロ以上
離れていた高校に自転車で通っていた
母は、毎日、仕事帰りの祖父と合流し
自転車で色々な話をしながら家まで
帰っていたそうなので、相当仲が
良かったのだな、と思います。


自分の思春期の頃は、家で殆ど
両親と話をしなかったので、その話を
初めて聞いた時は、その絆の深さに
感心をしたほどでした。


祖母は生まれつき心臓が弱く
体も弱く、また元々お嬢様
だったこともあり、祖父は一切
畑仕事をさせず、ずっと大事に守って
いた姿が、母の心にずっと残っていた
のだろう、と話を聞くたびに思います。


祖父はビールを一切飲みませんでしが
実は大のビール好きだったそうです。
そんな祖父がビールを飲まなかった
理由は、体の弱い祖母が長生きが
できるようにと願掛けをしていたことが
理由でした。
その思いが通じたのか、祖母は80歳
近くまで生きることができたので
祈りは全てを凌駕する力があるのも、と
信じているところが私自身あります。


そこまで大切に思ってきた祖母が
亡くなった後、当然祖父はかなり
落ち込んだのですが、亡くなった
祖母を思って毎日お墓参りに
行っており、痴呆になってしまった
後でも、その習慣が続いていた姿を
みて、人間の深層心理に宿る思いの
強さを感じました。


ただの徘徊だ、と医師には
言われましたが 笑


この仲が良かった両親達の姿が
母の乙女な性格を作り上げたのだと
思うと微笑ましくなります。


いい思い出しか覚えていない
前向き過ぎる母なので、綺麗に
なり過ぎる部分はあるのかもと
思いつつも、暖かい思い出に
包まれて老後を過ごす姿も
悪くないないな、と母を見ながら
思わせてもらっています。









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